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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)10547号 判決

原告 松方幸輔

被告 国

訴訟代理人 樋口哲夫 外二名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告側)

(一)  被告は、原告に対し金五、〇〇〇、〇〇〇円を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告側)

(一)  主文第一項同旨。

(二)  主文第二項同旨。

の判決を求める。

第二、当事者双方の事実上の主張

(原告側)

一、技術士の称号を使用できなくなつたことによる損害賠償請求

(一) 原告は、昭和二四年八月以来技術士の称号を使用して技術士としての業務に従事して来たものであるが、昭和三二年五月中旬頃当時の科学技術庁長官三木武夫および内閣総理大臣岸信介は、その第三九条において技術士でない者が技術士またはこれに類似する名称を使用することを禁止する技術士法(昭和三二年法律第一二四号)に主任国務大臣または内閣総理大臣として署名し、右技術士法を同年八月一〇日から施行させ、そのため原告は、同法に基く技術士試験に合格しなければ、技術士の称号を使用して営業することができなくなつた。

(二) 右技術士法は、過去の技術士を如何に取扱うべきか、すなわち、過去の技術士を無試験で採用するとか数年間は技術士としての待遇を与えるとかの配慮もしないで、いきなり右第三九条のような規定をもうけているもので、結局同法第三九条は、ながらく技術士の称号を使用して営業活動を続けその生活を維持して来た原告ら旧技術士の職業選択遂行の自由を剥奪、制限するものであるから、職業選択遂行の自由を保障する憲法第二二条に違反する。したがつて、憲法を尊重し擁護する義務を負つている内閣総理大臣岸信介および国務大臣三木武夫は、右第三九条を含む技術士法を施行させるべきでないのに、故意もしくは過失により、右職務上の義務に違反して右法律を施行するに至らせたものである。

(三) 原告は、技術士として従来「パーティクル・ボード」(削片板)の技術導入に努力していたところ、昭和三一年七月スイス国チューリッヒ市所在フレッドファルーニより技術導入を許可され、その代理人として、日本ノボパン工業株式会社発起人代表山本豊太郎と、乾式繊維板「ノボパン」(パーティクルボードの一種)の製造につき技術援助契約を締結し、同会社が設立せられて昭和三五年五月から「パーティクル・ボード」の製造を開始するに伴い、前記フレッド・ファルーニより、次のような計算によつて昭和三五年五月以後一五年間に、金四〇、六一四、六三〇円の報酬を得られることになつている。

同会社の「パーティクル・ボード」年産額………一九ミリ板九〇〇〇トン

右一九ミリ板九〇〇〇トンの面総平面積………七八九、四〇〇平方メートル(パーテノクル・ボードの比重は〇・六であるから右比重により計算する)

右一九ミリ板一平方メートル当りの単価………四九〇円(一尺平方当り単価四五円)

右一九ミリ板九〇〇〇トンの総売上額………三八六、八〇六、〇〇〇円

「ノボパン」特許権の実施料………右総売上金額の三・五パーセント、一三、五三八、二一〇円

原告の技術士としての報酬………右実施料の二〇パーセント、二、七〇七、六四二円

右報酬を受ける期間………一五年「ノボパン」特許権の有効期間)

原告の技術士としての報酬総額……四〇、六一四、六三〇円そして原告は、技術士の名称を使用して技術士としての業務に従事することができたならば、技術士法が施行された昭和三二年八月以後も、他の新しい技術導入をして、以後一五年間に右金額を下らない報酬を得られる筈であつたところ、技術士法施行により技術士の称号を使用して技術士としての業務に従事することができなくなつた結果、新規の技術導入によつて得られる筈の報酬を得ることができなくなり、右金額相当の損害を受けた。

(四) そこで、国家賠償法により被告国に対し、右損害のうち金四、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

二、技術士試験に不合格とされたことによる損害賠償請求

(一) 昭和三三年七月原告は、技術士法制定施行に伴う第一回技術士試験林業部門林産課目を受験したのであるが、右課目の試験は、科学技術庁長官三木武夫より同課目の試験委員として任命せられた訴外斎藤美鶯外一名によつて実施せられ、右試験の結果、原告は不合格とされた。

(二) ところで、原告が右試験に不合格となつたのは、試験委員である右斎藤美鶯が、かねて原告に対し悪意と偏見を有していたところ、右試験実施にあたり、原告に対しその悪意と偏見をもつてのぞみ、不公正な試験方法をとり、かつ、不公正な採点をしたためである。すなわち、同人は、かつて戦時中原告が同人と技術上の論争をしたことがあるのを根に持ち、その口頭試験の席上、右論争の事実を持ち出して原告と論争し、原告を興奮させて原告がその能力を十分に発揮するのを妨げ、しかもそのうえ、原告に対し不公正な採点をしたのである。

(三) 技術士法によれば、技術士試験の目的は、技術士となるのに必要な高等の専門的応用能力を有するかどうかを判定すべきものであり、この目的の下になされる試験は、厳正を保持し不正の行為のないようになされるべきものであることが明らかであつて、前記斎藤美鶯の試験方法および採点は、故意に右職務上の義務に違反してなされたものであることはいうまでもない。

そして、右斎藤美鶯の右不法行為については、さらに、科学技術庁長官三木武夫も、その職務上の義務に違反してその原因を与えた責任を免れない。すなわち、同人は、技術士試験実施にあたる、試験の厳正を保持し不正な行為のないように試験委員を選任監督すべき注意義務があるのにこれを怠り、受験者に対し悪意と偏見をもつて不公正な試験をするおそれがあり試験委員たる資格のない斎藤美鶯を試験委員に任命し、同人の不公正な試験実施を放任したのである。

(四) 原告は、明治の元勲元内閣総理大臣公爵松方正義を祖父とし、元株式会社川崎造船所社長で松方コレクションの蒐集者として知られる松方幸次郎を父として、明治三六年三月二五日出生、英国ケンブリッヂ大学卒業後日立航空機株式会社に入社し、その後弁理士として登録、昭和二四年八月から技術士の称号を使用し、昭和二六年六月一四日以降は社団法人日本技術士会に属する技術士として、外国技能の導入等技術士としての営業活動を続け、ことに、「パーティクルボード」の技術導入については、その道の権威者として、国の内外において多大の名声を博していたものである。しかるに、斎藤美鶯の前記不法行為により技術士試験に不合格とされた結果、原告は、技術士法により技術士の名称を使用することもできず、著しく社会的名誉を毀損され、多大の精神的苦痛を蒙つたのであるが、右精神的損害に金銭を見積るとすれば、金六、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(五) そこで、国家賠償法により被告国に対し、右損害のうち金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

(被告側)

一、請求原因(一)に対する答弁

(一) 第(一)項は認める。

(二) 第(二)項は争う。技術士法は、技術士制度に対する一般の認識を深めること、技術士の道義規範を明確にすること、その知識経験の水準を公的に保障すること、専門技術者育成の基盤を早急に整備すること等の要請に基いて、法的に技術士制度を設けてこれを強化し、もつて、産業基盤の整備拡充と輸出の振興を図るとともに一般科学技術の振興に寄与せしめることを目的として制定施行されたものであつて、右立法理由により明らかなとおり、公共の福祉の増進を図るため制定されたものであるから、右技術士法が国家による試験制度を採用し右試験に合格した者に限り技術士の称号を用い得ることを規定しているとしても、それは、憲法二二条において保障する職業選択の自由ないし職業遂行の自由を侵すものではない。したがつて、内閣総理大臣岸信介、主任国務大臣三木武夫が右技術士法を施行させたことは、何ら違法または職務上の義務違反ではない。

(三) 第(三)項は不知。

二、請求原因二、に対する答弁

(一) 第(一)項は認める。

(二) 第二項のうち、斎藤美鶯が原告に対する口頭試験の席上過去の技術上の論争に触れたことは認めるが、その他の事実は否認する。右口頭試問においては、試問の内容が実務経験の概要、その経験年数、技術者としての体験談等を中心としておこなわれた関係から、たまたま過去の技術上の論争に触れたまでのことであつて、それは、原告に対し何ら悪意をもつてしたものではない。

(三) 第(三)項は争う。昭和三三年七月施行の技術士試験の試験委員は、技術士法第三二条により、昭和三三年六月開催された技術審議会において慎重なる検討をなし、その推せんに基き任命されたものであつて、技術士試験実施上の重要な権限の一切は、伺法第三二条により同試験委員に委ねられている。そして、同試験委員は、右技術士試験の実施にあたつては、試験委員の幹事会、全体会議、部会等必要な会議を開催してその適正に万全を期し、筆記試験の問題作成、口頭試験の方法、採点基準、合否決定の基準等細部については、技術士本試験実施要領および合否決定基準を試験委員会議で決定し、もつて、特定の試験委員の独断の介入する余地をなくしていたものである。

(四) 第(四)項のうち、原告が昭和二四年八月から技術士の称号を使用し、昭和二六年六月以降社団法人日本技術士会に属する技術士として、技術士としての営業活動を続けていたこと、および、原告が技術士試験に不合格となつた結果、技術士法により技術士の名称を使用することができないこと、以上は認めるが、その他の事実は不知。

第三、当事者双方の立証ならびに書証の認否〈省略〉

理由

一、技術士の称号を使用できなくなつたことによる損害賠償請求について

原告は、昭和二四年八月以来技術士の称号を使用して技術士としての業務に従事して来たこと、昭和三二年五月中旬頃当時の科学技術庁長官三木武夫および内閣総理大臣岸信介は、その第三九条において技術士でない者が技術士またはこれに類似する名称を使用することを禁止する技術士法(昭和三二年法律第一二四号)に主任国務大臣または内閣総理大臣として署名し、右技術士法を同年八月一〇日から施行させたこと、そのため原告は、同法に基く技術士試験に合格しなければ、技術士の称号を使用して営業することができなくなつたこと、以上は当時者間に争いがない。

ところで、原告は、前記技術士法第三九条は、ながらく技術士の称号を使用して営業活動を続けその生活を維持して来た原告ら旧技術士の職業選択遂行の自由を剥奪、制限するものであるから、職業選択遂行の自由を保障する憲法第二二条に違反すると主張する。

しかし、技術士法第三九条は、その規定自体からあきらかなように、技術士でない者に対し技術士またはこれに類似する名称の使用を禁止するだけのいわゆる名称独占規定であつて(しかも、同法附則第三項によれば、この法律施行の際現に技術士またはこれに類似する名称を使用している者は、第三九条の規定にかゝわらず、昭和三三年八月三一日までは、なお従前の名称を使用することを妨げない旨規定せられている)、右規定により技術士の業務と同一または類似の業務内容をもつ職業を選択遂行することを妨げられるものでないから、それは、職業選択遂行の自由自体を剥奪または制限するものではない(なお、技術士法には、技術士としての資格を有する者でなければ技術士としての業務に従事できないといつたいわゆる業務独占の規定はどこにもない)のみならず、右規によつて技術士またはこれに類似する名称を使用することができない結果、技術士の業務と同一または類似の業務内容をもつ職業を選択、遂行する自由が事実上制約されることがあるとしても、技術士法第三九条の規定は結局公共の福祉に合致するものであるから、公共の福祉に反しない限度において職業選択遂行の自由を保障する憲法第二二条に違反するものではない。けだし、右憲法第二二条を反面からみれば、公共の福祉に合致する限り職業選択遂行の自由を制約することができる(ただし、その制限は必要な最少限度にとどめられるべきことはいうまでもない)ことを意味するものと解せられるところ、技術士法が制定されその一条項として前記第三九条がもうけられたのは、技術革新の今日、未成熟な我国社会経済機構の中で科学技術を向上させ国民経済の発展を計る(技術士法第一条参照)ためには、制度としての技術士に権威と信用を与えて技術士に対する社会的認識と信頼を深め、もつて技術士制度を確立発展させる緊急の必要があり、さらにそのためには、技術士の資格を定めて厳正な国家試験を適用し、技術士になろうとする希望者のうちから正に技術士たるにふさわしい人物を技術士とする反面、その技術士の資格を備えた者に対してのみ技術士の名称の使用を認めることが必要不可決であると考えられたからであり、結局技術士法第三九条は、科学技術の向上、国民経済の発展という積極的な国民の総合的福祉を計るために必要にしてやむを得ない規定内容を有する条項であるといわなければならない。

したがつて、技術士法第三九条が憲法違反であるとの主張を前提とする原告の本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく理由がない。

二、技術士試験に不合格とされたことによる損害賠償請求について昭和三二年七月原告は、技術士法制定施行に伴う第一回技術士試験林業部門林産課目を受験したこと、右課目の試験は、科学技術庁長官三木武夫より同課目の試験委員として任命せられた訴外斎藤美鶯外一名によつて実施せられたこと、原告は、右試験の結果不合格とされたこと、右試験において斎藤美鶯は、原告に対する口頭試験の席上、かつて戦時中原告が同人と技術上の論争をしたことに触れたこと、以上は当事者間に争いがない。ところで、原告は、斎藤美鶯が右論争を根にもち、原告に対する口頭試験の席上、またまた右論争の事実を持ち出して原告と論争し、原告を興奮させて原告がその能力を十分に発揮するのを妨げ、しかもそのうえ、原告に対し不公正な採点をしたと主張する。しかし、成立に争いのない甲第一号証の記載および原告本人尋問の結果中右主張に符合する部分は、証人斉藤美鶯、同平井信二の証言と照合するとにわかに信用できないし、他に右主張事実を認めることのできる証拠はない。なお、右斉藤美鶯、平井信二の証言によると、前記のように斉藤美鶯が原告に対する口頭試験の席上かつて原告が同人と技術上の論争をしたことに触れたということも、それは口頭試験の内容として原告の実務経歴の内容、体験談等にふれる必要があり、右論争の事実もこれに関係することであつたので、その事実を軽く指摘確認したにとどまり、原告に対し何ら悪意をもつてしたものではないものと認められる。

したがつて、右主張事実を前提とする原告の本訴請求も、その他の点を判断するまでもなく理由がない。

三、結論

そうだとすると、原告の本訴請求は、いずれも失当として棄却を免れない。

そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中宗雄 篠原幾馬 三好清一)

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